コラム11 『代替乳製品は酪農を滅ぼすのか!?』

 [酪総研コラム11ー2023年10月掲載]


代替乳製品は酪農を滅ぼすのか!?


近年、環境問題や動物福祉そして食料安全保障などの観点から動物由来ではない食肉、いわゆる代替肉が注目されている。大豆など植物を原料とした代替肉(プラントベースミート)はすでに多くの製品が市場に流通しているが、代替肉にはこのプラントベースのほかに動物の細胞を組織培養する技術(細胞農業)や酵母や菌類に特定の遺伝子を注入し発酵・増殖させる技術(精密発酵)など工業的な技術により製造する培養肉もある。

この工業的な技術を用いた培養肉の開発は世界各国が注目しており、国直轄の研究機関からスタートアップ企業まで数多くの組織が牛、豚、鶏はもちろん、魚、甲殻類、フォアグラ、ホタテなど様々な培養肉の開発にしのぎを削っている。そして2020年12月、シンガポール食品庁は世界で初めて培養鶏肉(米Eat Just社)の販売を承認、米国においても2022年11月に米国食品医薬品局(FDA)が培養鶏肉(米UPSIDE Foods社)に対し安全性に問題ないとするGRAS認証注)を行い、今後、世界各国でこの動きが加速する様相を呈してきた。

また、乳製品においては豆乳、アーモンドミルク、ココナッツミルクなど植物由来(プラントベース)の代替乳や植物性油脂・デンプン等を用いた代替チーズなどは以前から広く認知され、多くの製品が市場に流通しているが、この代替乳製品においても培養肉と同様に精密発酵など工業的技術による製造法の研究開発が世界各国で進められている。

この工業的に製造する代替乳製品のセールスポイントは、酪農や牛が持つ環境負荷へのマイナスイメージを払拭し、効率的・安定的に製品を市場に供給できることである。例えば代替乳製品は既存乳製品より温室効果ガス排出量を大幅に削減でき、土地利用も酪農より少なく、動物福祉に関するトラブルの発生もないといわれる。また、植物由来の代替乳製品より原料の生産・調達、環境への負荷軽減、製造効率に優れることなどを勘案すると、代替乳製品もいずれ工業的な製品が主流になることも考えられる。

我が国においても植物由来の代替乳製品はすでに市場に浸透しており、また近年では菜食主義者など動物由来の食品を食さない消費者が増加しているため、今後は工業的技術を用いた代替乳製品も混乱なく上市され、市場地位を確立する可能性は否定できない。

このような代替乳製品の動向を鑑みると、いずれ酪農は代替乳製品に滅ぼされてしまうのではないかと危機感を覚える酪農乳業関係者もいるかもしれない。実際、米国ではPerfect Day社が精密発酵で培養したホエイタンパク質(2020年3月にGRAS認証 注)を用いて製造した製品(アイスクリーム、クリームチーズ、ケーキミックスなど)を“乳(Dairy)”と表示し販売したことに対し、全米生乳生産者連盟(NMPF)はFDAが定義する「健康な牛から正常に搾乳された乳分泌物」という生乳の条件を満たしていない等の異議を唱える声明を公表するなど代替乳製品を牽制する動きも出ている。このような業界間における対立姿勢が顕著になれば、双方にとって好ましくない状況に陥るであろうことは想像に容易い。

しかし、酪農業界と代替乳製品業界は互いに対立し合う関係になってしまって良いのであろうか。国連の調査によると世界人口は2050年に97億人に達すると予測している(2022年の世界人口は約80億人、前年に比べ7,900万人増)。そして国際連合食料農業機関(FAO)の報告書『食糧と農業の未来-トレンドと課題(The future of food and agriculture – Trends and challenges)』(2017年)は、「国連の人口予測に基づき食料・飼料・バイオ燃料を増産する必要があるが、気候変動や自然資源劣化の影響から世界的に農業生産性は漸減傾向にあり、革新的な方法の模索が課題である」と報告している。つまり、今後の世界人口予測や農業生産性の漸減傾向を踏まえると、新たな持続可能な農業・食料システムを構築しなければ世界の食料安全保障は危機的状況が迫りつつあると指摘している(現在も紛争・貧困地域を中心に食料安全保障は万全とは言えないが…)。その予測される食糧危機のなかで特に注目されるのが生命維持に不可欠な三大栄養素の一つであるタンパク質の供給不足で、「タンパク質危機」とか「プロテインクライシス」などと呼ばれている。そして、その対応策として有力視されるのがコオロギやミルワームといった昆虫食であり、細胞農業や精密発酵など工業的技術を用いて製造する代替タンパク質食品なのである。

このように今後予測されるタンパク質危機を考えたとき、酪農業界と代替乳製品業界は対立するのではなく共にタンパク質危機に対応すべく共存共栄の関係を築くほうが良いのではないかと思える。もっと大胆に言えば、共に新たな市場を確立するのも有効かもしれない。そんなことを書くと机上の空論で軽々しく語るなとお叱りを受けるであろうが、国連をはじめとする将来予測や世界各国で技術開発や上市が進む代替タンパク質食品の動向を顧みると、すでに事態はFAOの報告書にある“革新的な方法”を模索する段階の渦中にあり、我が国も本格的な荒波が押し寄せる前に策を講じなければ、将来の食料安全保障において後手に回ってしまうのではないかと不安を感じる今日この頃である。


注)「GRAS」はGenerally Recognized As Safe(一般に安全とみなされている)の略語で、FDAより与えられる安全基準合格証。一定の使用目的における条件下での安全性が、その分野の専門家の知見や経験により証明された物質で、GRAS認証を受けると食品添加物に適用されるFDA許可の対象外になる。米国にて食品素材を販売するためにはGRASを取得する必要がある。


【参考】

国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター

FAO 「食料と農業の未来-トレンドと課題(The future of food and agriculture-Trends and challenges)」の概要

https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d/blog/20170413

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