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コラム14 『北海道の鉄路のゆくえと農畜産物物流について考える』

  [酪総研コラム14ー2024年2月掲載] 『 北海道の鉄路のゆくえと農畜産物物流について考える 』 今年の正月は大変なことが続いた。    元旦の夕方、そろそろお酒を呑み始めようかと思っていた頃だった。能登半島が大地震に襲われ、多くの死傷者を出す痛ましい大災害が発生した。また、2日には羽田空港で JAL516 便が着陸直後、海上保安庁の航空機と衝突する事故が起きた。海上保安庁の乗組員は6名中5名が死亡し JAL 機は炎上した一方で、幸いにも JAL 機の乗員・乗客は全員無事に脱出できた。今年は辰年で運勢が昇りやすく開運に導かれやすい年のはずなのに、大きな災害や事故で始まるこんな正月は生まれて初めてだ。 被害に遭われ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、地震で避難を余儀なくされている方々には健康に留意され元気に過ごしていただきたいと思う。そして地震被害からの復旧作業が進み、できるだけ早く平穏な日常を取り戻せるよう祈るばかりだ。    話題は変わり、今回は少し鉄分の多い話題(つまり鉄道の話題)についてお届けしたい。 現在、北海道新幹線の延伸工事が進められている。 2030 年には札幌延伸が完成する予定だ。これによって、平行在来線(函館~小樽間)が JR から経営分離されることになった。これは整備新幹線建設の既定路線となっているので、旅客輸送に関しては仕方がないとも言えるのだが、問題は貨物輸送に関してである。 今回経営分離される路線のうち、函館~長万部について言うと、実はこの路線、北海道と本州を結ぶ物流の大動脈なのだ。北海道からは農畜産物を中心に多くの物が輸送されている。今の物流が維持されてこそ、道内発の乳製品や農作物は出荷翌日に首都圏等の店舗に並ぶ。食糧基地としての北海道が、消費地としての首都圏はじめ大都市の生活を支える関係にある。このような性格を持つ路線なのにも関わらず、並行在来線を論じる制度は沿線自治体の判断によることになっている。だが、沿線自治体は旅客輸送に比べて貨物輸送に関して関心が薄い。協議の末、 JR から経営分離するが貨物輸送のために必要なので廃線にせず残すことになったようだが、具体的な方針は未だ決まっていない。 また青函トンネルは、新幹線と貨物列車の両方が往来しているが、高速ですれ違う時の風圧で貨物列車のコンテ

コラム13 『草創無限』

  [酪総研コラム13ー2024年1月掲載] 『草創無限』 新年明けましておめでとうございます。 1923年に発生した関東大震災は北海道の酪農経営にも大打撃を与え、その打開策として1925年に設立された有限責任北海道製酪販売組合は、雪印乳業(株)を経て、現在の雪印メグミルク(株)となり、間もなく100周年を迎える。また、雪印乳業(株)の創立50周年記念事業として1976年に設立された酪農総合研究所(以下、酪総研)も時を置かずに50周年を迎えることとなる。年初にあたり、しばし歴史を振り返ってみたい。 表題の「草創無限」は、酪総研初代所長の大原久友先生が“人生哲学ともいうべき”として自叙伝の題字に記された言葉である。大原先生は、草地学研究、草地学教育、草地開発を通した畜産業界への貢献により北海道文化賞も受賞された草地学の権威である。酪総研の設立当時より基本としている「健土健民精神」について、大原先生は“健土は土づくりから草づくり、牛づくり、そして乳づくり、健民は人づくりで生産者も消費者も含めた、すべての人間が健康に生きる”と解釈して研究を推進してきたと「酪総研10年史」で述べている。 時代を1920年代後半まで遡ると、昭和初期の北海道の大凶作による酪農の危機に立ち向かうため、黒澤酉蔵翁(元酪総研名誉会長)ら北海道酪農のリーダーは、経営の合理化運動として「三立主義」を展開した。平たく言うと“自分で作った食物を安値で売り、逆に高い食料品を買い求める。これではいつまでも貧乏は続く。購入飼料に頼らなければならない経営は支出がかさみ採算割れになる。故に栄養価の高い飼料の自給に努めなければならない。多額の肥料代は経営の癌である。堆厩肥・緑肥の増産によって金肥の多用による地力の減耗を防ぐことが肝要である。”という運動である。これこそ「健土健民」の具体的展開例であろう。 時計の針を現在に戻すと、輸入飼料価格の高騰が我が国の酪農経営を圧迫しているのが現状である。酪総研は雪印メグミルクグループのDNAに刻み込まれた「健土健民」の精神に基づき、「自給飼料の利活用」の調査研究という具体的展開を通じて酪農生産に貢献していかなければならないと、年の初めに改めて肝に銘じることとしたい。

コラム12 『年の瀬に~憂う』

  [酪総研コラム12ー2023年12月掲載] 年の瀬に~憂う 年の瀬を迎え2023年を振り返ってみると、今年もまた様々な出来事が後を絶たなかったなとつくづくと感じる。もうじき丸4年を迎えようとしている新型コロナ旋風は、ひとまずインフルエンザ並みに落ち着いたものの、ロシアのウクライナ侵攻はいつ終わるのか全く先が見えない状況が続いているし、イスラエルとパレスチナの紛争は、 果てしなく続いている。 人間ってなんて愚かな生き物なんだと改めて感じた1年でもある。 そんな中我々酪農乳業界も、これまで経験したことのない異常事態が際限もなく続いていると憂慮する。コロナ禍に伴う世界的なサプライチェーンの混乱やロシアのウクライナ侵攻によりエネルギー資源や穀物等原材料のコストは高止まりが続いた。酪農経営の苦境を救うべく、昨年11月に飲用向け乳価10円/㎏の値上げに始まり、今年4月に加工向け10円/㎏、8月に飲用向け10円/㎏、そして12月からは油脂分のみ6円/㎏の値上げと、たった1年の中で乳価の値上げが続き、それに伴い商品の店頭価格が短期間に上昇したため、さすがに消費者の皆様も買い控え、廉価商品への移行が進んでいる状況にある。当社の家庭用商品の価格改定実施状況を見ても、2022年度4回、2023年度5回値上げしており、売上数量が減少傾向にあるのも当然と納得せざるを得ない。 本来、コストアップ分をすべて消費者に押し付けることに無理があるのは明らかだ。食料安全保障の観点から、このような状況にこそ国は国費を投じ、生産者と消費者をともに助けることですべての国民を守るという姿勢を見せなければならないと改めて思うところであるが、農水省をはじめ各省の動きを見る限り、本気で日本の農業を守ろう、国民の食を守ろうという姿勢がまるで見えない。そのような中、「適正な価格形成に関する協議会飲用牛乳ワーキンググループ」での検討・協議がすでに始まっている。しかし、この協議会は学識者を始め、生産者から小売業界までの幅広い職種のメンバーで構成されているため、それぞれの思惑や主張が優先され、メンバーが本気で、本音で、議論することはあまり期待できないと思わざるを得ない。このままでいいのか...? SDGs、サステナビリティ、TCFD*、TNFD*、脱炭素etc… 。我々メーカーも、そして酪農家の皆様も、これから要求されるこ

コラム11 『代替乳製品は酪農を滅ぼすのか!?』

  [酪総研コラム11ー2023年10月掲載] 代替乳製品は酪農を滅ぼすのか!? 近年、環境問題や動物福祉そして食料安全保障などの観点から動物由来ではない食肉、いわゆる代替肉が注目されている。大豆など植物を原料とした代替肉(プラントベースミート)はすでに多くの製品が市場に流通しているが、代替肉にはこのプラントベースのほかに動物の細胞を組織培養する技術(細胞農業)や酵母や菌類に特定の遺伝子を注入し発酵・増殖させる技術(精密発酵)など工業的な技術により製造する培養肉もある。 この工業的な技術を用いた培養肉の開発は世界各国が注目しており、国直轄の研究機関からスタートアップ企業まで数多くの組織が牛、豚、鶏はもちろん、魚、甲殻類、フォアグラ、ホタテなど様々な培養肉の開発にしのぎを削っている。そして2020年12月、シンガポール食品庁は世界で初めて培養鶏肉(米Eat Just社)の販売を承認、米国においても2022年11月に米国食品医薬品局(FDA)が培養鶏肉(米UPSIDE Foods社)に対し安全性に問題ないとするGRAS認証 注) を行い、今後、世界各国でこの動きが加速する様相を呈してきた。 また、乳製品においては豆乳、アーモンドミルク、ココナッツミルクなど植物由来(プラントベース)の代替乳や植物性油脂・デンプン等を用いた代替チーズなどは以前から広く認知され、多くの製品が市場に流通しているが、この代替乳製品においても培養肉と同様に精密発酵など工業的技術による製造法の研究開発が世界各国で進められている。 この工業的に製造する代替乳製品のセールスポイントは、酪農や牛が持つ環境負荷へのマイナスイメージを払拭し、効率的・安定的に製品を市場に供給できることである。例えば代替乳製品は既存乳製品より温室効果ガス排出量を大幅に削減でき、土地利用も酪農より少なく、動物福祉に関するトラブルの発生もないといわれる。また、植物由来の代替乳製品より原料の生産・調達、環境への負荷軽減、製造効率に優れることなどを勘案すると、代替乳製品もいずれ工業的な製品が主流になることも考えられる。 我が国においても植物由来の代替乳製品はすでに市場に浸透しており、また近年では菜食主義者など動物由来の食品を食さない消費者が増加しているため、今後は工業的技術を用いた代替乳製品も混乱なく上市され、市場地位を確立する可能性は

コラム10 『牛のげっぷ』

  [酪総研コラム10ー2023年9月掲載] 牛のげっぷ     〇〇年後の牧場での会話(想像)  酪農家 先生、この牛を廃用にしたいんだけど証明書いてもらえるかな?  獣 医 えっ、なんで?この牛は病気一つしないし、乳出すしいい牛じゃない。  酪農家 そうなんだよね、いっぱい乳出してくれていい牛なんだけど、検査で      メタンを出 しすぎるって  獣医師 そうか、この前メタンワクチン打ったけどダメだったか、それじゃ仕方ないね 世界的にSDGsへの取り組みが求められている中で、酪農・畜産分野でも環境負荷軽減の重要性が一層増している。特に地球温暖化を引き起こす温室効果ガス(GHG)の一つである牛のげっぷ(メタン)に注目が集まり排出量を削減する動きが国内外で活発化している。環境負荷軽減は人々の生活を守るだけでなく酪農・畜産の持続性を確保するうえでも極めて重要な課題である。 牛は有史以来、良い家畜である。しかし昨今、牛のげっぷがいいように取り上げられ悪者扱いする極端な意見もある。牛は人間のためにたくさんの乳を出し、たくさんの肉となってくれる。人間によって改良を重ねられたくさんの餌を食べるようになり、頭数を増やしてきた。その結果として大気中に放出されるメタンが増えた。牛のルーメン(胃袋)内でのメタン発生の機序については割愛するが、乳牛(成牛)のルーメンは約200ℓ近い容量があり、その中には多種多様な微生物が、互いに密接に関連しながら生態系を形成している。ルーメン内容物1g当たり約100億の細菌類と、50~100万のプロトゾア(原生動物)、無数の微生物が生息しており、その微生物の総重量は数キロ~数十キロあると言われている。その中でメタン生成菌(メタン生成古細菌)の果たす役割は小さくない。 メタン発生は栄養学的には飼料エネルギーの損失に繋がるものの、一方でルーメン内微生物の増殖にとって有害な代謝性水素の除去というプラス面を有している。メタン発生を抑制する技術等の開発が進められているがメタン削減と生産性の向上は同時に図れるものでなければならないだろう。 FAO(国際食糧農業機関)のAnne Mottet氏によると全世界の家畜用飼料の約9割弱は人が消化できないものと言われており、人間の食料と競合しない草から良質なタンパク質に変換するという牛が持つ力(このことは資源の有効利用と環

コラム9 『2022年の酪農経営環境を整理する』

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  [酪総研コラム9ー2023年7月掲載] 2022年の酪農経営環境を整理する    酪総研では2019年から酪農経営の分析・診断を実施しているが、直近の2022年は令和の畜産危機とも称される厳しい経営状況となった。現在、決算資料等に基づく分析を進めているところだが、経営環境の変化が酪農経営に与えた影響が個々の定量的なデータとして見えてきた。本コラムでは、主に北海道の酪農経営収支に影響を与えた諸要因について、公表されているデータをもとに整理してみたい。  北海道における家畜市場の相場は表1のとおり大幅に下落し、個体販売の収支に悪影響を与えたことが確認できる。例えば、年間100頭(廃用牛30、初生トク40、初生F1牛30)を販売する経営であれば、粗利益が約500万円減少したことが試算できる。  市場相場の月別推移は図1のとおりで、大手畜産会社が民事再生法の適用を申請した2022年9月をボトムに市場相場が下落したことが確認できる。特に、概ね10万円前後で安定的に推移していた初生トクの価格は9,424円まで暴落し、初生トクの成約率も2021年度の99.1%から2022年度は92.7%に、2022年9月には80.0%まで下落した。同月の根室市場の成約率は52.3%であり、主取りとなった牛を廃用処分とした場合、収益性の更なる悪化要因になったと考えられる。 乳用牛配合飼料の価格は表2・図2のとおり断続的に上昇し、経営収支に悪影響を与えたことが確認できる。例えば、日量1tの配合飼料を給与する経営であれば、2022年は飼料コストが前年より約550万円増加したことが試算できる。一方で、2021年度第1四半期から配合飼料価格安定制度に基づく価格差補填が継続的に発動されているほか、2022年度第3四半期には配合飼料価格高騰緊急特別対策による補填金も交付されていることから、上記で試算した増加コストの相当部分が吸収され、飼料価格の高騰が年度収支に与えた影響は限定的であったと考えられるだろう。 北海道の牛群検定成績(表3)によると、2022年は経産牛1頭当り乳量や乳成分が伸長しているにもかかわらず濃厚飼料給与量は増加しておらず、乳代から購入飼料費を差し引いた年間成績は244万円増加していることが確認できる。生産技術の向上により収益性の改善が図られたことが推察できるだろう。 北海道(ホクレン)に

コラム8 『今こそ自給飼料生産・国産飼料利用の推進を図るチャンス』

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  [酪総研コラム8ー2023年5月掲載] 今こそ自給飼料生産・国産飼料利用の推進を図るチャンス   北海道では今年雪解けが早く、気温も高めで推移しており、札幌では平年と比べ2週間ほど早く桜が開花した。今年の春の訪れは早い。 すでに各地で農作業が始まり忙しい日々をおくっているものと思う。 さて、言うまでもなく、現在酪農家は、飼料・資材価格の高騰に加え乳製品過剰在庫解消のための生乳生産抑制などにより厳しい経営を余儀なくされている。今の状況を良しとせず、何かしらの対応をとっていかなければならないが、少し立ち止まって考えてみると、この状況を自給飼料生産・国産飼料利用を推進する大きなチャンスと捉えられるのではないか? 北海道の牧草生産は、 2011 年と 2022 年を比較すると、作付面積 95.3 %、収穫量 95.0 %と減少を続けている(図1)。一方、トウモロコシ生産は作付面積 122.4 %、収穫量 120.1 %と増加してきた(図2)。牧草と比べてトウモロコシは、高エネルギーで収穫量も多く自給飼料として優位で、かつ糖分が多いためサイレージ原料としても重要である。だからトウモロコシ作付けを増やしていくことは必然だろうと思う。だが、単収はその年の気象条件によって左右される部分が大きいとはいえ、牧草とトウモロコシを比べると、気象の要因を受けやすいのはトウモロコシのほうだろう。北海道各地でトウモロコシ作付けが可能になったとはいえ、冷夏や台風等の影響を受けて収穫量が大きく減少する場合もあるので、あまり頼りすぎるのは心配だ。 また、牧草単収が停滞からやや減少で推移している要因のひとつとして、草地更新率が低位停滞していることが考えられるのではないか(図3)。 草地の生産性を維持するためには定期的な草地更新や植生改善のための様々なメンテナンスが必要であり、草地生産性を維持する努力がかかせないのは周知の通りだ。手間がかかる作業なのだが、自給飼料の量と質を向上させることで確実に酪農経営は好転することを我々は実証してきた。草地の植生が改善されれば、技術指標が向上し、購入飼料費の削減等により生産コストの変動が小さくなる可能性が高く、経営の安定化・改善が期待できる。 現下の輸入飼料価格高騰による経営の厳しさを顧みて、今後の酪農の持続可能性を高めるためには、自給飼料生産・国産飼料利用