コラム18 『農福連携と農業者福祉のはざま』
[酪総研コラム18ー2025年2月掲載]
『農福連携と農業者福祉のはざま』
2019年4月、農福連携の全国的な機運醸成を図り強力に推進する方策を検討するため、内閣官房長官を議長とする省庁横断による農福連携等推進会議が設置された。そして、その第2回会議(2019年6月開催)で「農福連携等推進ビジョン」を決定し、今後のマスタープランが示された。
農福連携とは何か。上記のビジョン(2024改訂版)では「農業と福祉が連携し、障害者の農業分野での活躍を通じて、農業経営の発展とともに、障害者の自信や生きがいを創出し、社会参画を実現する取組み」としている。ちなみにこのビジョンでは農福連携を農業分野と障害者に限定せず、その対象を高齢者、生活困窮者、ひきこもりの状態にある者等の就労・社会参画支援、犯罪者・非行者の立ち直り支援等にも広げ、また、その受入先も農業のみならず林業や水産業に広げるユニバーサルな取り組みという趣旨から、“農福連携等”という語句を用いている。
では、なぜ農福連携が注目されているのか。先のビジョンには、農業分野の期待(喫緊の課題である労働力確保)と障害者側の期待(農業を通じた働く場の確保、賃金・工賃等の向上、地域社会への参画等)を結び付けることで、農業・農村の課題解決に期待できる旨が記されており、実際に農業経営体や福祉サービス事業所が得た農福連携効果を示す調査結果も紹介されている1)。また、こうした取り組みは2015年に国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)のひとつである「すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長及び働きがいのある人間らしい仕事の推進」にも通じる地域共生社会の実現に資する取り組みとも位置付けている。そして2024年5月に可決された改正食料・農業・農村基本法においても、その第46条に“障害者等の農業活動への環境整備を進め地域農業の振興を図る”といった農福連携に関わる条項が盛り込まれ、その存在感は次第に増している。
農福連携は初めて農福連携等推進ビジョンが示された2019年当時4,117主体あり、その後5年かけて新たに3,000主体を創出させる目標により認知度向上と促進・拡大を図ってきた。農林水産省の資料「農福連携をめぐる情勢」をみると、2023年度末の取組主体数は7,179主体で2019年に対し3,062主体増加と1年前倒しで目標を達成させる急伸ぶりだ。さらに2024改訂版ビジョンでは2030年度末までに取組主体数を12,000以上にする目標を掲げ、農福連携をさらに加速させる意気込みである。
ところで、先の農林水産省の資料では農福連携に取り組んでいる農業の経営形態(業種)まではわからなかったが、我々酪農関係者からすると酪農をはじめとする畜産こそ農福連携にふさわしいのではないかと思いたくなる。北海道保健福祉部福祉局が取り纏めた「北海道内外における『農福連携』の概要と取り組み事例」には、非土地利用型(水耕・菌床キノコなど)、土地利用型(野菜・果樹など)そして家畜利用型(酪農・畜産)の3つの経営形態に分類し、農福連携における就業上の特徴を記している。その家畜利用型の特徴を見ると、給餌、清掃、哺育、出荷、加工販売などの作業は障害者にも担える可能性が高く、しかも季節による作業量の変動が少ないため通年就労が期待できると記されている。同時にアニマルセラピーという副次的効果への期待も記されており、我々酪農関係者が農福連携に酪農や畜産がふさわしいと思う理由もそこにある。実際、障害者や精神疾患を患う人らを受け入れ、自立や更生に貢献している牧場が少なからずあることは周知のとおりであり、今後、動物(家畜)飼養による通年就労やアニマルセラピー効果が期待できる酪農や畜産は、農福連携においても大いに注目される存在になるのではないかと考える。
一方、気がかりな発表論文もある。“酪農や畜産が盛んな地域ほど自殺率が高い”という論文2)である。他にも、“経済効率に優れ管理が行き届いた優秀な牧場経営者ほど抑うつ症状リスクが高い”といった論文3)や“農業経験が長く周囲に同業者が少ない農家はうつになりやすい”といった論文4)もある。そこで厚生労働省の「自殺の統計」(2023年)で農林漁業者(自営+従事者)の自殺者数を見てみるとその数は年間529人で、原因・動機のトップはうつ病や統合失調症など精神疾患を含む“健康問題”が179人(33.8%)、その後に“経済・生活問題”138人(26.1%)、“家庭問題”101人(19.1%)が続く。これら論文や統計資料から精神疾患やそれに起因する自殺は農林漁業者にとっても由々しき問題であることがわかる。
上記のように酪農や畜産は農福連携が目指す様々な障害やこころの病を持つ人たちを自立や更生に導く素晴らしい生業である反面、その経営主らは精神疾患や自殺のリスクを背負い、しかも優秀な経営主や主産地ほどその傾向が強いとなれば、この状況にジレンマを感じずにいられない。いったい農業者への福祉(=農業者福祉)はどんな状況なのだろうか。
酪農主産地の北海道別海町では、自殺対策基本法(2017年改正)を受け自殺対策行動計画を作成し、地域ネットワークの構築により率先して自殺対策を行っているといい、このように先進的な対策を講じている自治体もある。しかし、他の地域における農業者福祉の状況確認も必要であり、その結果、体制に不備があるとすればその整備は急務であろう。
今、官民挙げた国民的運動などにより農福連携は足早に推進・拡大しつつある。しかし、それを受け入れる農業者側の福祉も含めた体制整備は伴っているのか不安が残る。酪農乳業関係者の間で“酪農と乳業は車の両輪”という認識が根付いているように、農福連携と農業者福祉も車の両輪と捉えるべきではないだろうか。そうやって両者が足並みをそろえることではじめて盤石な基盤ができると考える。そして、その末に障害者と農業者が共に希望や生きがいを見出すことができる“真の農福連携”が築かれることを願ってやまない。
1)「農福連携に関するアンケート調査結果」 一般社団法人日本基金(2023年3月)
2)「酪農・畜産産出額が高い地域で高い自殺率」 東京大学(2019年6月)
3)「管理が行き届いた“良い農場”の経営者ほど抑うつ症状リスクが増加」 北海道大学・日本赤十字看護大学(2021年12月)
4)「農業経験の長い人は、周囲に農家が少ないと1.1~1.4倍うつになりやすい」 東京大学・千葉大学(2021年5月)