投稿

コラム19 『日本酪農発祥の地で心に刻まれた事』

  [酪総研コラム19ー2025年3月掲載] 『日本酪農発祥の地で心に刻まれた事 』   日本酪農発祥の地は安房国嶺岡牧(まき)、現在の千葉県南房総市と言われている。八代将軍徳川吉宗が享保13年(1728年)にインド産といわれる白牛を3頭飼育し、これを基に頭数を増やしていったそうである。吉宗公が牛乳を使って乳製品を作ったことが日本の酪農の始まりとされており、現在は「千葉県酪農のさと」として整備され白牛も数頭飼われ ている。  ご存じのとおり千葉県は全国有数の酪農県として発展してきており、生乳生産量は年間 18 万トンを超え、全国ランクは 6 位を誇る( 2023 年度)。 そんな千葉県で今から 7 ~ 8 年前に出会った酪農家さんの思い出がある。大ベテランで御年 70 歳は超えているとお見受けした。後継者は居ないが 15 頭ほどの牛を飼い、毎日搾乳を行っていたが膝の調子が良くないようであった。  作業がいよいよ辛くなってきた彼は膝に人工関節を入れる決心をした。手術をして入院しなければならないため、年齢的にも牛を飼うのを諦めるのかと思ったが、彼は違った。一旦牛を手放してしまうと、二度と酪農が出来なくなると考え、地域の仲間に牛を預けて手術を受ける準備をした。乳代をそっくり預託代として引き受けてくれた仲間に渡すと彼は言っていた。若いころから酪農を続けてきて大変な苦労があったと思うが計り知れない喜びもあったのだと思う。まだまだ諦めず牛を飼いたいという気骨を感じた。 日本酪農発祥の地で出会った老酪農家の牛を愛する想いは今でも忘れられないほど心に刻みつけられた。そんな出会いであった。その後、異動で関東を離れたので残念ながら彼とは会えていないが、膝を治して酪農を再開したと思われる。

コラム18 『農福連携と農業者福祉のはざま』

[酪総研コラム18ー2025年2月掲載] 『農福連携と農業者福祉のはざま 』   2019 年 4 月、農福連携の全国的な機運醸成を図り強力に推進する方策を検討するため、内閣官房長官を議長とする省庁横断による農福連携等推進会議が設置された。そして、その第 2 回会議( 2019 年 6 月開催)で「農福連携等推進ビジョン」を決定し、今後のマスタープランが示された。  農福連携とは何か。上記のビジョン( 2024 改訂版)では「農業と福祉が連携し、障害者の農業分野での活躍を通じて、農業経営の発展とともに、障害者の自信や生きがいを創出し、社会参画を実現する取組み」としている。ちなみにこのビジョンでは農福連携を農業分野と障害者に限定せず、その対象を高齢者、生活困窮者、ひきこもりの状態にある者等の就労・社会参画支援、犯罪者・非行者の立ち直り支援等にも広げ、また、その受入先も農業のみならず林業や水産業に広げるユニバーサルな取り組みという趣旨から、 “ 農福連携等 ” という語句を用いている。  では、なぜ農福連携が注目されているのか。先のビジョンには、農業分野の期待(喫緊の課題である労働力確保)と障害者側の期待(農業を通じた働く場の確保、賃金・工賃等の向上、地域社会への参画等)を結び付けることで、農業・農村の課題解決に期待できる旨が記されており、実際に農業経営体や福祉サービス事業所が得た農福連携効果を示す調査結果も紹介されている1)。また、こうした取り組みは 2015 年に国連が定めた SDG s(持続可能な開発目標)のひとつである「すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長及び働きがいのある人間らしい仕事の推進」にも通じる地域共生社会の実現に資する取り組みとも位置付けている。そして 2024 年 5 月に可決された改正食料・農業・農村基本法においても、その第 46 条に “ 障害者等の農業活動への環境整備を進め地域農業の振興を図る ” といった農福連携に関わる条項が盛り込まれ、その存在感は次第に増している。  農福連携は初めて農福連携等推進ビジョンが示された 2019 年当時 4,117 主体あり、その後 5 年かけて新たに 3,000 主体を創出させる目標により認知度向上と促進・拡大を図ってきた。農林水産省の資料「農福連携をめぐる情勢」をみると...

コラム17 『2025年も暑いようだ。早め早めの対応をしていこう!』

[酪総研コラム17ー2025年1月掲載] 『 2025年も暑いようだ。早め早めの対応をしていこう! 』 新年明けましておめでとうございます。 今年は巳年。皮を脱ぎ捨て新しく生まれ変われるよう努めてまいりたいと思います。 今年も酪農総合研究所は自給飼料の生産・利活用を推進し、微力ながら酪農・乳業、酪農生産者のお手伝いとなることができるような調査研究を進めてまいりたいと考えています。本年も一層のご支援、ご協力を賜りますようよろしくお願いいたします。 2024 年の天気を振り返ってみよう。 2024 年は記録的な暖冬から始まったが、3月に寒の戻りがあり桜の開花は遅かった。夏から秋にかけては東・西日本、沖縄・奄美で統計開始以来最も高い気温を記録した(気温平年差:東日本+ 1.6℃ 、西日本+ 1.5℃ 、沖縄・奄美+ 1.0℃ 、北日本+ 1.6℃ )。記録的な猛暑であり、とにかく暑い一年だった。 さて、 2024 年末に日本気象協会から 2025 年の天気傾向について公表があったので概要を見てみよう。『 2025 年は、ラニーニャ現象の影響でメリハリのある天候が予想されている。冬は寒く始まるが、春は早く訪れ、夏は猛暑となり、秋も残暑が続きそう』ということだ。 とすると、今年の気象傾向は去年とあまり大きく変わっていない。であるならば、自給飼料生産や飼養管理はこれまでの暑さの経験を生かし、先々の対応を考えよう。 自給飼料生産においては、春の圃場仕事の開始が早まり、作物の生育速度も早くなることが予想されるので、牧草・飼料作物の品種や早晩性の選択、播種・収穫の時期などに注意深い検討が必要となる。収穫時期に対する考え方もこれまでとは違うと考えておいたほうが良いかもしれない。昨年は、牧草もサイレージ用トウモロコシも概ね良好な生育状況であったと思う。昨年同様に対応を行い、良い自給飼料を得たい。ただ、地域差が大きいことは考慮しておかなければならない。春の干ばつや収穫時期の長雨などが考えられるので、その地域では特別な対応が必要だ。 飼養管理面では、暑熱対策にはハード・ソフト両面での十分な備えをしておこう。もはや北海道でも暑熱対策が必要ないとは言っていられない。なにしろ家庭用のエアコンでさえ必需品となりつつあるのだ。 毎年のことだが、春までまだ少し時間があるので今...

コラム16 『歯医者でアニマルウェルフェアを考える』

  [酪総研コラム16ー2024年5月掲載] 『 歯医者でアニマルウェルフェアを考える 』   最近、やたらと歯が染みるため数年ぶりに歯医者を訪れた。診察の結果、奥歯の神経を抜くことになったのだが、私は歯医者が苦手だ。歯を削る際に使うハンドピースと呼ばれるドリルは、高速回転させると「キーン」という独特の高音が出る。医者から「少しチクッとしますよ」と言われ麻酔をされる。数分で麻酔が効き、痛みを全く感じなくなる。暫くするとハンドピースの音が鳴りやんで「終わりました」と声を掛けられ治療が終わる。痛みや苦痛を感じないことにホッと胸を撫でおろしたのと同時に、麻酔の偉大さを感じた出来事であった。  麻酔の無い時代には、医師や助手は患者を抑えつけて治療をしていたそうだ。中にはその激痛に耐えきれず意識を無くす患者もいたらしい。局所麻酔は日本では1887年(明治20年)頃に使用され始めた。今からわずか137年前の出来事である。当時の人々に思いを馳せてみたい。待合室で声にもならないような悲痛な叫び声が聞こえ、思わず耳を塞ぎたくなるかもしれない。あるいは数分後に訪れる激痛の恐怖に耐えられずその場から逃げ出すかもしれない。人間が「苦痛や恐怖から解放されたい」と願うのはいつの時代も普遍的なものなのだと思い知らされる。  先日、とある会議でアニマルウェルフェア(以下、AWと表記)についての講演会があった。AWでは家畜に対して「5つの自由(※1)」 の確保が求められている(①飢え・渇き及び栄養不良からの自由、②恐怖及び苦悩からの自由、③身体的及び熱の不快からの自由、④苦痛・傷害及び疾病からの自由、⑤通常の行動様式を発現する自由)。今後、AWの世界的な潮流から日本においても対応が避けられないだろうと聞いても、コストUPが頭をよぎったり、心理的ハードルが高くなったりと身構えてしまう経営者も多いのではないだろうか。 コスト面を考えると、現状の酪農経営+αで新たに何か環境整備に投資しなければならなくなるかもしれない。心理的ハードルでは、今までの飼養方法を変更しなくてはならないかもしれないし、ポジティブリスト制度のように詳細な記帳記録を余儀なくされるかもしれないと心配が尽きない。このようなことから、AWに対してのハードルが高くなってしまい、最初の一歩が進めない経営者も少なくないのではないだろうか。...

コラム15 『芝と牧草、ゴルフ場で考えた -ゴルフボールをまっすぐに打つ方法-』

  [酪総研コラム15ー2024年4月掲載] 『 芝と牧草、ゴルフ場で考えた -ゴルフボールをまっすぐに打つ方法- 』   ゴルフボール をまっすぐに打つためには、クラブのフェイスをボールにいかにまっすぐに当てるかだと考えている。そのためにまず大事なのはグリップの握り方ではないか。左手の親指をクラブに沿って平行、そして真上に、右手の親指もクラブに沿って左の親指の真上に持ってくる(もちろん右の親指は左よりクラブの先端寄り)。そうやってインターロッキングで構えると、左と右の親指は一直線になっていて、体に対して垂直になり、そこから振りかぶった後、クラブフェイスを降ろすのだが、ボールを打つ30cm手前から打った後10cmの間、一直線になった2本の親指を体に対して常に垂直に維持してやれば、フェイスがまっすぐボールに当たるはずなのである。これを冬の間練習してきたので今春良い結果を期待したい。   さて、本題に入ろう。昨シーズン夏以降のゴルフ場では、いわゆる“草が焼けている”所が多かった。2023年の北海道は、年平均気温が統計開始以来1位の高温であったこと、加えて降雨量が少なかった(と言うより、降るときは雨期かと思うほど降るのだが、降らない時は全然降らない)ので、その影響によって草が枯れてしまったのだ。北海道のゴルフ場では洋芝が使われていることが多く、フェアウェイやラフはケンタッキーブルーグラス(以下、ケンタッキー)、トールフェスク、メドウフェスク(以下、メドウ)等が多いと思われる。植生調査をした訳ではないが、ペレニアルライグラス(以下、ペレ)、レッドトップ、ブルームグラスなんかもありそうだ。これらのイネ科草種は、元々アメリカやヨーロッパを原産とする牧草であり、1950年代後半~1960年代前半頃には酪農家さんがさかんに使ったのではないか。酪農では1頭の乳牛からたくさん乳が出た方が収益は上がる。そのため乳牛のエサである牧草が肝心要であり、良い品質の牧草を、いかにたくさん収穫するかが重要となる。現在では北海道のイネ科の基幹牧草はチモシーとオーチャードグラス(以下、オーチャード)となっている。また、ペレは糖分が高く、チモシーやオーチャードに混ぜて使われており、 メドウをうまく活用している酪農家さんもいるのだが、ケンタッキー(馬用としては別)やレッドトップは栄養価が低...

コラム14 『北海道の鉄路のゆくえと農畜産物物流について考える』

  [酪総研コラム14ー2024年2月掲載] 『 北海道の鉄路のゆくえと農畜産物物流について考える 』 今年の正月は大変なことが続いた。    元旦の夕方、そろそろお酒を呑み始めようかと思っていた頃だった。能登半島が大地震に襲われ、多くの死傷者を出す痛ましい大災害が発生した。また、2日には羽田空港で JAL516 便が着陸直後、海上保安庁の航空機と衝突する事故が起きた。海上保安庁の乗組員は6名中5名が死亡し JAL 機は炎上した一方で、幸いにも JAL 機の乗員・乗客は全員無事に脱出できた。今年は辰年で運勢が昇りやすく開運に導かれやすい年のはずなのに、大きな災害や事故で始まるこんな正月は生まれて初めてだ。 被害に遭われ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、地震で避難を余儀なくされている方々には健康に留意され元気に過ごしていただきたいと思う。そして地震被害からの復旧作業が進み、できるだけ早く平穏な日常を取り戻せるよう祈るばかりだ。    話題は変わり、今回は少し鉄分の多い話題(つまり鉄道の話題)についてお届けしたい。 現在、北海道新幹線の延伸工事が進められている。 2030 年には札幌延伸が完成する予定だ。これによって、平行在来線(函館~小樽間)が JR から経営分離されることになった。これは整備新幹線建設の既定路線となっているので、旅客輸送に関しては仕方がないとも言えるのだが、問題は貨物輸送に関してである。 今回経営分離される路線のうち、函館~長万部について言うと、実はこの路線、北海道と本州を結ぶ物流の大動脈なのだ。北海道からは農畜産物を中心に多くの物が輸送されている。今の物流が維持されてこそ、道内発の乳製品や農作物は出荷翌日に首都圏等の店舗に並ぶ。食糧基地としての北海道が、消費地としての首都圏はじめ大都市の生活を支える関係にある。このような性格を持つ路線なのにも関わらず、並行在来線を論じる制度は沿線自治体の判断によることになっている。だが、沿線自治体は旅客輸送に比べて貨物輸送に関して関心が薄い。協議の末、 JR から経営分離するが貨物輸送のために必要なので廃線にせず残すことになったようだが、具体的な方針は未だ決まっていない。 また青函トンネルは、新幹線と貨物列車の両方が往来しているが、高速ですれ違...

コラム13 『草創無限』

  [酪総研コラム13ー2024年1月掲載] 『草創無限』 新年明けましておめでとうございます。 1923年に発生した関東大震災は北海道の酪農経営にも大打撃を与え、その打開策として1925年に設立された有限責任北海道製酪販売組合は、雪印乳業(株)を経て、現在の雪印メグミルク(株)となり、間もなく100周年を迎える。また、雪印乳業(株)の創立50周年記念事業として1976年に設立された酪農総合研究所(以下、酪総研)も時を置かずに50周年を迎えることとなる。年初にあたり、しばし歴史を振り返ってみたい。 表題の「草創無限」は、酪総研初代所長の大原久友先生が“人生哲学ともいうべき”として自叙伝の題字に記された言葉である。大原先生は、草地学研究、草地学教育、草地開発を通した畜産業界への貢献により北海道文化賞も受賞された草地学の権威である。酪総研の設立当時より基本としている「健土健民精神」について、大原先生は“健土は土づくりから草づくり、牛づくり、そして乳づくり、健民は人づくりで生産者も消費者も含めた、すべての人間が健康に生きる”と解釈して研究を推進してきたと「酪総研10年史」で述べている。 時代を1920年代後半まで遡ると、昭和初期の北海道の大凶作による酪農の危機に立ち向かうため、黒澤酉蔵翁(元酪総研名誉会長)ら北海道酪農のリーダーは、経営の合理化運動として「三立主義」を展開した。平たく言うと“自分で作った食物を安値で売り、逆に高い食料品を買い求める。これではいつまでも貧乏は続く。購入飼料に頼らなければならない経営は支出がかさみ採算割れになる。故に栄養価の高い飼料の自給に努めなければならない。多額の肥料代は経営の癌である。堆厩肥・緑肥の増産によって金肥の多用による地力の減耗を防ぐことが肝要である。”という運動である。これこそ「健土健民」の具体的展開例であろう。 時計の針を現在に戻すと、輸入飼料価格の高騰が我が国の酪農経営を圧迫しているのが現状である。酪総研は雪印メグミルクグループのDNAに刻み込まれた「健土健民」の精神に基づき、「自給飼料の利活用」の調査研究という具体的展開を通じて酪農生産に貢献していかなければならないと、年の初めに改めて肝に銘じることとしたい。