コラム10 『牛のげっぷ』

 [酪総研コラム10ー2023年9月掲載]


牛のげっぷ

 

 〇〇年後の牧場での会話(想像)

 酪農家 先生、この牛を廃用にしたいんだけど証明書いてもらえるかな?

 獣 医 えっ、なんで?この牛は病気一つしないし、乳出すしいい牛じゃない。

 酪農家 そうなんだよね、いっぱい乳出してくれていい牛なんだけど、検査で

     メタンを出しすぎるって

 獣医師 そうか、この前メタンワクチン打ったけどダメだったか、それじゃ仕方ないね



世界的にSDGsへの取り組みが求められている中で、酪農・畜産分野でも環境負荷軽減の重要性が一層増している。特に地球温暖化を引き起こす温室効果ガス(GHG)の一つである牛のげっぷ(メタン)に注目が集まり排出量を削減する動きが国内外で活発化している。環境負荷軽減は人々の生活を守るだけでなく酪農・畜産の持続性を確保するうえでも極めて重要な課題である。


牛は有史以来、良い家畜である。しかし昨今、牛のげっぷがいいように取り上げられ悪者扱いする極端な意見もある。牛は人間のためにたくさんの乳を出し、たくさんの肉となってくれる。人間によって改良を重ねられたくさんの餌を食べるようになり、頭数を増やしてきた。その結果として大気中に放出されるメタンが増えた。牛のルーメン(胃袋)内でのメタン発生の機序については割愛するが、乳牛(成牛)のルーメンは約200ℓ近い容量があり、その中には多種多様な微生物が、互いに密接に関連しながら生態系を形成している。ルーメン内容物1g当たり約100億の細菌類と、50~100万のプロトゾア(原生動物)、無数の微生物が生息しており、その微生物の総重量は数キロ~数十キロあると言われている。その中でメタン生成菌(メタン生成古細菌)の果たす役割は小さくない。

メタン発生は栄養学的には飼料エネルギーの損失に繋がるものの、一方でルーメン内微生物の増殖にとって有害な代謝性水素の除去というプラス面を有している。メタン発生を抑制する技術等の開発が進められているがメタン削減と生産性の向上は同時に図れるものでなければならないだろう。


FAO(国際食糧農業機関)のAnne Mottet氏によると全世界の家畜用飼料の約9割弱は人が消化できないものと言われており、人間の食料と競合しない草から良質なタンパク質に変換するという牛が持つ力(このことは資源の有効利用と環境負荷のトレードオフの関係にあるとみることもできる)の重要性も再認識する必要がある。牛は悪者どころかますます欠かせない家畜になるに違いない。また本来、酪農・畜産は土-草-牛という循環型の大きな意味でのサイクルを形成し、サステナブル(持続可能)な産業であるはずであり、悪いのは牛ではない。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では人間が地球を温暖化させてきたことは疑う余地がないと結論付けている。


7月27日、世界気象機関(WMO)と欧州連合の気象情報機関コペルニクス気候変動サービス(C3S)は、「今年7月は観測史上最も暑い月となる公算が極めて大きい」と発表し、この内容を受け国連のグテレス事務総長は「気候温暖化は終わった、沸騰化時代の到来だ」と各国に気候変動対策を強化するよう訴えた。これは地球規模の問題である。どの地域や国で暮らしていようと、どの産業であろうと無関係ではいられない、待った無しの状態だ。酪農・畜産分野のGHG削減の達成に向けてこの産業に携わる多くの関係者と消費者の理解と取組みが必須である。このままでは人間も牛も不幸になってしまう、我々人間も頑張るが、牛に一肌も二肌も脱いでもらわなければならない。


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