コラム26 『投資する者、される者』
[酪総研コラム26ー2025年10月掲載]
『投資する者、される者』
2024年1月、少額投資非課税制度いわゆるNISAが拡充された。これは岸田政権のもと、新しい資本主義実現会議(2022年11月28日開催)にて決定された「資産所得倍増プラン」に関する施策の一環で、その目標は①5年間でNISA口座数および買付額の倍増、②その後、家計による投資額の倍増を目指す、となっている。この資産所得倍増プランは、「我が国の家計金融資産の半分以上を占める現預金を投資に繋げることで、持続的な企業価値向上の恩恵が、資産所得の拡大という形で家計にも及ぶ『成長と資産所得の好循環』を実現させる」ことを目的としており、国を挙げて国民を“貯蓄から投資へ”導く姿勢が窺える。
また国民においても、失われた30年と言われる日本経済の下でも増え続ける社会保険料や税金に対し、貯蓄や公的年金だけでは生活防衛資金や老後資金への不安が払拭できないとのマインドが形成されつつあり、その状況下でNISA拡充は大いに関心を集めた。
その結果、2024年12月末時点のNISA口座数は1,803万口座とわずか1年間で375万口座が新規開設される人気ぶりだ(1)。その口座数を世代別に見ると最も多いのが40歳代373万口座(20.7%)、その後に30歳代370万口座(20.5%)、50歳代325万口座(18.0%)、20歳代246万口座(13.6%)と続く。また、同時期のNISA口座買付金額(“成長投資枠”と“つみたて投資枠”の合計額)を世代別にみると、最多は40歳代(22.1%)、次に50歳代(20.6%)、30歳代(19.5%)の順となるが、長期積立投資を目的とする“つみたて投資枠”の買付割合を世代別に計算すると、最も高いのが20歳代の45.9%(続いて30歳代39.2%、40歳代32.8%)となり、これは注目に値する。なぜなら、このデータは若い世代ほどNISAというツールをうまく活用し、着々と将来に向け資産形成する様子を表しているからだ。
資産運用と聞くとバブル崩壊やリーマンショックを経験している世代は反射的にアレルギーを感じるかもしれない。しかし、資産は基本的に長期・分散・積立により運用すれば損失リスクが大きく低減され、リターンを得る確率が上がると言われる。若い世代がこのような金融リテラシーを身に付け、堅実にNISAを活用し資産の長期運用を志す姿は、何も考えず平凡に年を重ねてきた我々オジさん世代からみると大変頼もしく、また羨ましくさえ感じる。だが、その一方で一抹の寂しさも覚える。
そもそも“投資”とは、将来有望な投資先に資金を提供し、その成長・発展に応じてリターンを得る行為を言い、どちらかと言えば資産家や資金に余裕がある年配者が“投資する者”というイメージが強い。反面、若い世代は金銭的な余裕は限られるとしても、自分自身が成長・進化し発展していく存在であり、新規事業など起業を志すことで“投資される者”になれる可能性を秘めている。それにもかかわらず、“投資する者”を目指そうとする若者が増えているとの話題を聞くと、やはり寂しさを感じざるを得ない(とは言うものの、私も若い頃は起業などまったく頭に無かったが…)。
中小企業庁が取り纏めた2023年版『中小企業白書』では起業・創業の実態を分析しており、2016年~2021年の5年間の日本と主要国の開業率の推移を掲載している。それを見ると英国やフランスの開業率は10%以上、米国やドイツも5%を超えて推移しているのに対し、日本は5%以下で推移している(2021年は4.4%)。国柄や国民性の違いもあり単純に他国と比較できないが、それでも我が国の起業マインドの低さを表していると思わざるを得ない。ところが調査結果を追っていくと、起業した人の多くがやりがいや達成感、満足感を得ているという内容も確認できる。このことから起業人は自らの考えを行動に移すことによって、自身の人生を充実させたと解釈できる。
では、現在の起業環境はどうなっているのか。昨今では官民共に様々な起業支援プログラムおよびサービスが充実し、以前より起業のハードルは低くなったと言われる。これは農業における新規参入も同様で、酪農に関しても“酪農”や“新規参入”といったキーワードでネット検索すれば就農支援制度や就農事例などといった情報を無数に得ることができるし、自治体や農協など関係機関が設置している就農支援相談窓口や新規就農フェアなどのイベントに赴けば、資金面から生活面まで、具体的かつ詳細な就農情報を手に入れることも可能だ。
ここで話を投資に戻したい。まず投資する者である。投資の神様と言われるウォーレン・バフェットの生涯利回りは約20%と言われる。腕利きのトレーダーなら一時的にそれを凌ぐことができるかもしれないが、それを維持するのはほぼ不可能であり、我々のような凡人が上場株式や債券など伝統的な投資によって得られるリターンはせいぜい年利ひとケタ%が良いところであろう。一方、投資される者はどうであろうか。もちろん自身の裁量次第ではあるが、投資する者とは比べ物にならないほど大きなリターンを得られる可能性がある。リターンは金銭面だけではない。酪農を例に挙げると、酪農は多くの関係者や業者と関わりを持つ裾野が広い産業ゆえ、主産地では地域コミュニティの重要なポジションを担う。その地で酪農の新規参入者がバイタリティを発揮し様々な実績を残せば、地域から期待と信頼を得られる存在になることは間違いない。以前、家業を継いだ若き酪農家から「新規参入者は我々が思い付かない発想やアイディアがあり、学ぶことも多い」と新規参入者に対し一目置く意見を聞いたことがあるし、実際に酪農の新規参入者がその地に新たな参入者を誘致したり、既存の形に囚われない取り組みで地域に貢献したりする事例もある。この事例から前述の起業・創業の実態調査にて多くの起業人が起業により達成感や満足感を得たと語るのは、単に金銭的リターンを得ただけではなく、起業を通じ地域や関係者と関わりを持つことで“何物にも代えがたい財産”を得ることができたからなのかもしれない。
農林水産省による『畜産への新規就農及び経営離脱に関する調査(令和5年)確報版』を見ると、2023年の酪農の新規参入者は全国で42名に対し離脱農家戸数は700戸を数え、新規参入者が離脱農家戸数をカバーするに至らない状況が続いている。この酪農が置かれた局面に未来を感じるか否かは人それぞれだが、投資の格言にある「人の行く裏に道あり 花の山」のような野心と行動力を持つ若者たちが、酪農の新規参入者という“投資される者”となり、地域社会の中心的存在として活躍してくれることを期待してやまない。
コラム執筆者:研究リーダー 柳瀬兼久
※参考文献
(1)
出典:NISA及びジュニアNISA口座開設・利用状況調査結果(全証券会社)より
「NISA口座の開設・利用状況(2025年5月公表)」日本証券業協会