コラム30 『酪総研50年 ~児玉由一先生~』
[酪総研コラム30ー2026年3月掲載]
『酪総研50年 ~児玉由一先生~』
この度、コラムを担当させていただきます、昨年12月1日付で酪農総合研究所酪農研究グループに着任致しました本間義行と申します。以後、よろしくお願い致します。
今年、2026年3月で酪総研が50周年を迎えることは、前回・前々回の酪総研NEWS LATTERで皆様ご存じのことと思われます。小職は2月で50歳を迎え、酪総研と同じ1976年生まれということもあり、このタイミングの異動はたまたまなのでしょうが、何か不思議な縁を感じております。
このコラムを書いている時は、酪総研シンポジウムの準備期間中なのですが、準備している展示パネルのなかに、酪農総合研究所年表というものがあり、1976年の設立時に「昭和51年3月15日 株式会社酪農総合研究所設立 社長 児玉由一、所長 大原久友」と書かれているのに気が付きました。
酪総研は設立当初、中立性を堅持するため、株式会社としてスタートしていますが、初代社長の児玉由一先生は元中標津農業協同組合の代表理事組合長であり、当社の社長、会長も歴任、北海道の酪農発展に貢献され、中標津町の名誉町民となられている方です。
私が児玉由一先生の名前を知ったのは、今から5年前、雪印種苗㈱と合同で毎年開催されている酪農研究会の場で、雪印種苗さんが創立70周年ということもあり、両社の歴史を振り返り発表するというもので、当時酪農部道東駐在(なかしべつ駐在)におり、調査の段階で1975年に全道に先立ってホクレンが根室管内で集送乳合理化を進めた際に児玉先生父子が当時のホクレン中標津支所長に協力をしたという過去を知り、そのお名前を初めて知りました。また中標津町の公共施設を訪れた際に名誉町民として顕彰されていることを知り、強く印象に残っておりました。
児玉先生は1900年に岡山県に生まれ、1916年に渡道、1919年に中標津町武佐地区(旧標津村)に転住されました。以来、地域開発促進と酪農発展に寄与、1948年から60年まで中標津農業協同組合代表理事組合長、北海道酪農協会根室支部長、根室生産連会長を歴任、1947年から59年まで北海道道議としても根釧酪農の確立、農業団体の育成、地方自治発展に尽力、その功労により、1967年に紫綬褒章、1973年に勲三等瑞宝章を叙勲されています。
1971年には雪印乳業社長、1973年に会長に就任、1976年に株式会社酪農総合研究所の社長に就任、経団連理事や日本乳製品協会会長などの要職も歴任されるなど、酪農乳業を牽引されてきた方でした。
児玉先生は酪総研社長就任わずか4か月後に病に倒れ、急逝されますが、長年にわたる北海道酪農発展に寄与してきたことから「酪農の父」とも言われています。その児玉先生の遺稿集を先日、書店で見かけて購入しました。亡くなられてからも50年という今年でもありますが故人が酪総研の未来をどう見ていたのか、その想いに馳せながら本を読み進め、研究業務を行っていきたいと思っています。
(コラム執筆:本間義行)