コラム32 『太宰治『失敗園』を読んで』
[酪総研コラム32ー2026年5月掲載]
『太宰治『失敗園』を読んで』
太宰治の『失敗園』というお話はご存じだろうか。ある家の主の妻が、庭にたくさんの植物を植えたもののうまく育たず、その植物たちの囁き(愚痴や悲哀)が聞こえる主人が、それらを記録したという、とてもユーモアに溢れた作品である。
読んでいると、植物たちの声がなんとも人間くさく、滑稽でありながら、どこか切実でもある。手をかけてもらえなかった寂しさや、思うように育てないもどかしさを、それぞれがひそひそと訴えてくるようで、思わず笑ってしまう一方、植物もまた置かれた環境に正直に生きているのだと気づかされる。
そんな作品を思い出すのは、春になり、牧草地の作業が本格的に始まるこの時期である。もちろん、私たちは『失敗園』の主人公のように牧草や雑草の囁きを直接聞くことはできない。けれども、実際に圃場に立ち、牧草の姿をよく見れば、その状態は確かに語りかけてくる。
北海道自給飼料改善協議会が1997年から1999年にかけて実施した、全道12,003点の牧草地植生調査では、実に47.2%が雑草であったという。半数近い割合で雑草が占めていたという事実は、牧草地の実態を考えるうえで非常に示唆的である。
しかし、このデータはすでに古い。そして何より、それぞれの圃場がいま本当はどのような状態にあるのかは、日々その草地と向き合っている酪農家にしか分からない。道路から、あるいは少し離れた場所から眺めれば、一面きれいな緑に見える圃場でも、実際に中へ入ってみれば雑草が優占していることもある。逆に、部分的な荒れが目についても、全体としては十分に更新の成果が出ている草地かもしれない。
だからこそ、この春の作業の始まりにあたり、ぜひ実際に圃場で牧草の状況を見てほしい。葉の密度はどうか、越冬後の傷みはないか、雑草の侵入は進んでいないか。足元の草を見て、土を見て、圃場全体を眺めることで、今年必要な管理の方向が見えてくるはずである。
『失敗園』のように声そのものは聞こえなくても、圃場には確かに草たちのメッセージがある。よく整った草地であれば、牧草の歓喜の声が聞こえるかもしれない。反対に、雑草に押され、密度を失った草地であれば、助けを求める声が潜んでいるかもしれない。春の一歩目は、まず圃場に立つことから。その観察こそが、今年の草地管理の出発点になるのではないだろうか。
(コラム執筆:佐々木貴史)